蕎麦屋訪問記

本所吾妻橋 「吾妻橋 やぶそば」粋な情緒が漂う下町の名店

雨粒がそっと頬を打つ、しとしととした春の昼下がり。
朝には雪がちらつき底冷えする寒さ。
本所吾妻橋から歩くこと10分足らず。どこか懐かしさを感じさせる町並みに、静かに溶け込むような白壁の店が現れる。

「藪そば」とだけ掲げられた木の看板は、黒く煤け、時を重ねた趣き。
通りから少し入ると、奥には傘立てと小石が敷かれた控えめな設え。まるで、そっと誘われるように店内へと吸い込まれていく。

いつ行っても賑やかな店内だが、この日はさすがに落ち着いた雰囲気。

少し大きめのテーブルに腰を落ち着けると、まずは、冷えた身体に嬉しい菊正宗の熱燗をお願いする。

供されたのは白磁の徳利に、小ぶりな盃。添えられたのは、藪そばならではの濃厚な蕎麦味噌。

この蕎麦味噌は本当に美味くて、なおかつキャラメルのように固い。
これをちびりちびりとつまみながら、熱燗を一口。
…ああ、染み渡る。まるで蕎麦屋でしか味わえない、特別な時間が始まる。

そして、さらにもう一品、目にとまったのは「カツ煮」。
以前にも頼んだことがあるけど、ついつい頼んでしまう。
ちなみにこのお店はカツ丼はありません。なのにカツ煮はある。


熱々で供されたカツ煮は、ふわふわの卵にとじられ、出汁の香りがふんわりと立ち上る。

サクッと揚げられた衣の中に、柔らかな肉の旨み。

とろける卵と、甘辛のつゆ、刻み葱と三つ葉が絶妙に調和し、まさに蕎麦前として理想的な一皿。

せっかくなので蕎麦焼酎の蕎麦湯割りも追加で。たっぷりな量で酒飲みには嬉しい。

外も寒いし温かい蕎麦も捨てがたいけど、やっぱり王道の冷たい蕎麦が食べたい。

蕎麦湯割りの残りも少なくなったところで、満を持して「もりそば」をお願いする。


しばしして運ばれてきたそれは、端正に盛られた細打ちの蕎麦。
艶やかで、ほんのりとした透明感が美しい。ひと啜りすれば、ふわっと広がる香ばしさと、心地よい歯ごたえ。

つゆは、藪らしく甘辛く濃い口で鰹の香りがズドンと来る感じ。江戸っ子は藪そばのつゆでどぶ漬けしちゃあ駄目です。
葱と山葵をほんの少し添えて啜れば、蕎麦の香りが引き立ち、思わず目を閉じる。
これぞ、蕎麦の醍醐味。

箸が進み、気づけばざるの上は空に。
仕上げには、年季の入った銅のやかんで伴されたそば湯をいただく。

釜から直接注いだであろうあっさりしたそば湯に、残りのつゆを注いでゆっくり味わえば、ほっとするような余韻が身体に満ちていく。

賑やかな浅草から少し離れた静かな街角で、しみじみと蕎麦を味わう幸せ。
このお店も、忘れがたい一軒です。

ご馳走様でした。

また、寄らせていただきます。

「吾妻橋 やぶそば」
東京都墨田区吾妻橋1-11-2
03-3625-1550
水・木・金・土・日
11:30 – 15:00
L.O. 14:30
月・火
定休日
※蕎麦が売り切れ次第終了
禁煙

 

【特撰ひやむぎ きわだち】
東京都墨田区太平1−22−1 ソラナ錦糸町102
(錦糸町駅北口より徒歩8分、東京スカイツリーより徒歩14分)
12:00~15:00 18:30~21:00 (L.O.30分前 / 木・金はランチのみ)
火・水曜日定休
※席がハイカウンター6席のみのため、大人数や小さなお子様はご案内できないことがございます。
※ご予約はネット予約のみで、記載されている指定の時間及びコースのみのご予約となります。

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